豪雨の夜「食べて帰らんか」 何度も思い返す母の言葉【換金くん札幌本店ブログ】
列島各地に大きな被害をもたらした西日本豪雨。
「7月6日金 雨」。愛媛県鬼北町の上甲(じょうこう)キヨ子さん(90)はそう日記に残し、行方不明になった。
数年前に夫を亡くし、田園地帯の一軒家で1人で暮らす。80歳を超えても家の前で米を育てていたが、7年ほど前に足腰を悪くし、隣の宇和島市に住む長男の常夫さん(66)夫婦に田んぼを任せていた。
常夫さんは造船所の仕事を終えた夕方、車で30分かけて実家に通った。キヨ子さんに食事を届け、田んぼの世話をした。6日の夕食は常夫さんの妻がつくったハヤシライス。キヨ子さんが桃やチーズケーキを口にしたのを見届け、常夫さんは午後8時ごろ帰宅した。
7日昼すぎ、雨が心配で実家に向かった。町内を流れる広見川があふれて農地に水が流れ込み、住宅53棟が浸水した。
実家に変わりはなかった。だが、キヨ子さんの姿が見えない。裏の扉が開き、外出に使う手押し車が放置されていた。家の脇の側溝は水量が増していた。「いつ外に出てしまったのだろう。落ちて流されたのか」。いま、警察などが下流に向けて捜索している。
思えばあの夜、キヨ子さんから「食べて帰らんか」と声をかけられた。常夫さんは「帰ってから食べる」と実家を後にした。「あの日、一緒におったら……」。何度も頭をよぎる。
キヨ子さんが気が向いた日につけていた日記は「雨」の文字で途絶えている。常夫さんは田んぼで草を刈りながら言った。「今はどうすることもできん。ただ、待つしかない」(杢田光)
こういう記事多いですが胸が痛くなりますね。